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ディストアレンジ:another_story01 <01/01>
 

「……何を見ているんだ、七里?」

  壁も床も天井さえもシミ一つない真っ白な部屋の中で、唯一、色と光を放っていた巨大なディスプレイを見ていた七里と呼ばれた男が、ゆっくりと振り返った。
  象牙色の髪は短く、猫の毛のように細い為か所々跳ねている。薄いブルーの双眸には、活力の光がなく、ぼんやりとしていた。細くしなやかな体躯は、声を掛けてきた人物とは正反対で、簡単に折れてしまいそうだった。

「……九楼。」

  九楼と呼ばれた男は、がっしりとした体格で、真紅の長い髪を揺らしながら七里の横へ並んだ。髪と同じように赤い目には、無邪気な光が灯り生気に満ちていた。

「それで、さっきから何をそんなに真剣に見ているんだ?」
「……別に。……下界を」
「下界? へぇ、どこを?」
「最下層、【獄】を」
「ああ、成程。あそこには今、お前の『子供』がいるんだっけか」

  九楼の言葉に七里は無言で頷き、視線を再びディスプレイへと戻した。
  そこに映し出されているのは、鋼鉄の大地とそこに突き刺さるようにしてそびえ立つ高層ビル群。それから、屋上で対峙している二人の男。
  片方は黒目黒髪の若々しい青年で、もう片方は七里と同じく象牙色の長髪を荒ぶる風に弄らせて薄く笑う男だった。
  彼らは何事か話しているようだったが、その会話の音声は風の音に邪魔をされ、拾えない。

「どちらが勝つと思う? 賭けるか?」

  歯を剥き出しにしながら九楼が笑った。それを見た七里が、呆れたように溜息をつく。首を左右にゆっくり振りながら、口を開いた。

「……結果など、既に決まっている。賭けにならない」
「それもそうだな。アレが負けるはずがない」

  くくく、と笑いながら九楼がディスプレイに映し出された象牙色の長い髪を持つ男を指でなぞった。そして、2,3回なぞった後、指で弾く。

「……『ヒトであり、ヒトを超えるもの』。ようやくお目覚めか。全く、二陵は何を手間取っていたんだ」
「……二陵は、下位級の者とつるんでいた。そいつの策だろう、時間がかかったのは」
「ああ、アイツか。二陵も物好きだな。……まぁ、何にせよ、《長老会(ゲルシア)》のメンバーは、《長老会(ゲルシア)》の意志を優先する。……仕事をこなしてくれればそれでいい」

  王者の笑みでそういうと、九楼は隣に立つ七里の肩を掴みディスプレイに押し付けた。
  七里は呻き声すら漏らさず、眉を顰めただけだった。そして、何故だと問いかけるように、じっと九楼を見つめる。

「……七里。今回、お前の出番はないぞ」
「………。」
「何処へも行くな。お前だけが、俺にとって特別なんだ」
「……………。」
「七里、」
「それ以上は、言うべきではないよ」

  七里は無表情のまま、まっすぐ九楼を見つめた。その視線に、九楼は我に帰ったように自嘲を漏らし、七里の肩を掴んでいた手を離すと、その手で自分の頭をがしがしと掻き毟った。
 それから、ははっ、と声を立てて笑い、にやりと口の端を持ち上げた笑みを浮かべ、いつも通りに戻る。

「悪かった。……だが、今回はお前を外へは出さないからな。いくらお前の『子供』だろうが、アレの
世話を焼く必要は、ない」
「……わかっているよ、九楼。アレの世話を焼くのは、アレの最後の時だけだ」
「アレに最後が来るまで、お前はここにいるんだな?」
「約束する。それまでは何処へも行かない」
「……期間限定、か。まぁ、それでもいいか」

  九楼はそういって、肩をすくめて溜息をついた。七里の表情に変化は、相変わらずない。
  それを見ても九楼はただ笑うだけで、赤い瞳に灯った活力に満ちた光は消えなかった。
  その瞳に、七里の背後で揺らめくディスプレイの光がちかちかと映り、七里はただ、その光が眩しいとぼんやり思っただけだった。

  九楼の瞳に映った映像の中では、調度黒髪の男が、ビルの屋上から落とされたところだった。


END

 

 
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