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ディストアレンジ:02
  「ザイ、今日付けで移動命令が出ていたぞ。確認したか?」
「いんや、まだ」

  廊下で知り合いに出くわした俺は、出勤早々そんな辞令を聞かされた。
  どうやら俺は、どこかに飛ばされるらしい。
  溜息をついてうんざりする、などということはしない。
  異動命令など、既に慣れてしまった。俺の仕事はそういうことが始終ある。つまり、日常茶飯事。気にも留めない日々の連続の中の一つ。
  俺が勤めているターイナ社は、世界で1、2を争う大企業だ。そして俺はターイナ社の総合軍事部門――いわゆる私設軍隊に所属している一般兵だ。
  だからといって、単なる使い捨てのコマであるかというとそうでもない。
  ターイナ社の軍隊組織は一般的な階級がなく、実力制による『クラス』にて全てが評価される。つまり、少しでも強い者がエライという完全実力主義だ。もちろん、極一部に例外はあるが、これもすでに気にも留めない日常の中の一つだ。

  クラスはAからDの4クラスがあり、クラスAがランクは高く、クラスDが最も低い。そして、クラスAの実力を飛び抜けて超える力を持つ者にはクラスSが与えられる。
  そして俺は、なんとそのクラスSである。
  つまり、軍の中でも指折りの実力者ということである、と自慢してみる。

「で、ドコ?」
「あー……。英雄様の隊(ユニット)らしいぜ」
「へー」

  別に、誰の隊であろうが興味はなかったため、かなり間抜けで気の抜けた返事を返した。
  恐らく期待していた反応とかけ離れていたのであろう。知り合いはぎょっとして目を見開いた。
  英雄クオン――ターイナ社の英雄にて最も実力を持つ者。冷酷な仮面人間と評される氷の英雄は、もちろんクラスSである。そして、クラスS内でのみ存在するクラス内階級は、最も高いX3。そして、唯一のクラスS・X3である。

  ちなみに俺はX2。

  一ランクしか違わないが、実力の差は点と地程もあるという。
  実際に目にした事がないからわからないのだが。

「おいおい、『へー』って、それだけかよ。ったく、お前らしいな」

  やれやれ、と納得したのか、知り合いは小さく頷きながら『頑張れよ』とだけ言って去って行った。
俺はその背中を見つめることはなく、本日付で俺の上司になった英雄クオンの執務室を目指すべく、くるりと方向転換した。


 出社した者達で賑わう廊下を歩きながら、ぼんやりと英雄の姿を思い浮かべる。
 しかし、その姿を脳裏に上手く描けずに溜息をついた。美人だったことしかわからないなんて、情けない。
 だが、それも仕方がないのだと無理矢理自分を正当化する。英雄クオンは滅多に人前に姿を現さないのだ。騒々しいのが嫌いらしい。
  それにしても、あの英雄の隊か。確か、ターイナ軍で最も高度で危険を伴う高難易度の仕事を処理する隊だったはず。
  そんな隊に異動することになったのだ。これは名誉あることである。
  もっとも、名誉などでは腹は膨れないが。
  何にせよ、自分の実力が認められたということには違いない。

「楽しみだな、……うん、楽しみだ」

  ただ純粋に、思った言葉を呟いていた。
  英雄に会えることは楽しみなのではなかった。その英雄と共に戦えることの方が重要だった。
  強い者と共に戦うことは、自分の経験値アップにも繋がる。稀に強くなりすぎることを嫌う人間が極僅かいるが、俺は強くなることに躊躇いはない。

  そして俺は、これからの日々を思い浮かべ緩む表情を隠すことなく、廊下を歩む足を速めた。