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ディストアレンジ:04
 

 食堂の隅に陣取った俺たちは、向かい合ってテーブルに着いた。

 目の前のトレイには色取り取りの野菜がこれでもかという位こんもりと盛られたサラダと、特製ヒレカツに付け合せのパスタ、ミソ・スープにライス大の皿達が犇めき合っている。
  前方のクオンのトレイにも同じものが並んでいるが、これはサラダとミソ・スープしかトレイに入れなかったクオンを見るに見兼ねて無理矢理押し付けたものである。そして、クオンはその食品達を文句も言わずに絶えず口に運び消化、吸収している。
  そのナイフとフォーク捌きは見惚れる程に美しく優雅だ。といっても、俺は食べることに集中していて、少しも見惚れることはなかったが。

「…………」
「……なぜ、そんなに腹を立てている?」

  席についてから黙々と食べ続け、会話もなく沈黙していた雰囲気を破ったのは、珍しいことにクオンだった。

「……俺が、腹を立ててるって?」
「そうだ。何に対してそんなに怒っているんだ」
「……!」

  そう指摘されて初めて、俺が先程のブフルとのやり取りを未だ引き摺っていたことに気がついた。そして、あんな会話はなかったと気にしていないように見えるクオンと正面から目が合ってしまい、ばつが悪くなった俺は苦々しい思いを胸の奥に感じた。
  流石は英雄といったところか。恐らく、俺の普段とは違う表情や行動にすぐ気付いたのだろう。俺もまだまだ修行が足りない……などと心の中でおどけながら、俺はがしがしと頭を掻き毟った。
それから、クオンと正面から目を合わせて、苦々しい思いを振り払うために、にかっと笑う。

「いや、何でもない。アンタに対してじゃねぇから、気にすんな」
「……そうか」
「そ。単に俺が一人でムカついてるだけ」
「……わかった」

  クオンは納得したのか、再びナイフとフォークを動かし、盛られた食事に手を付けた。
  その様子を一秒眺めて、俺は『ああ、違う』と漠然と思った。
  クオンは、俺の自己完結気味な返答に恐らく少しも納得していないだろう。ただ、それを表に出す方法がわからないだけなんじゃないだろうか。
  そして、当然さっきのブフルの言葉にも傷ついている。ポーカーフェイスを気取っているのではなく、常に冷静沈着を心がけているのでもなく、表情の出し方を知らないだけなのだ。
  唐突に浮かんだ根拠もない推測が、しかし、それは当たらずとも遠からず、といったところだろうと確信した。
  人付き合いをしてこなかったせいで、精神面の成長が追いついてないんじゃねぇのか? 図体は一人前以上にでかい癖してな。
  そう思ってから、俺はまた頭をがしがしと掻き毟り、今度は自分の為ではなくクオンの為に笑顔を作って表情を緩めた。

「……咄嗟に、言い返せなかった自分にムカついてるだけだ。それから、アンタを理解しようとしない奴らにも。だから、気にすんなって」
「……そう、か」

  だから、敢えて言った。
  戦闘の実力の割には精神は繊細な英雄のために、敢えて自分の本心を言った。そうすることで、繊細な英雄が安心を得られるように。

  それを聞いたクオンは、心なしか微笑んでいるように見えたのは、俺の錯覚で終わらせたくはないと思った。