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ディストアレンジ:05
 

 初めての作戦は、一瞬で片がついた。

  標的の数が少なかったというのもあるが、最大の功労はクオンだ。
  いや、唯一の、といった方が正しい。
  標的が現れた瞬間、クオンは腰に下げていた刀を抜いた。その抜刀の瞬間を捉えられたのは、果たして俺以外にいただろうか。
  それは『居合い』と呼ばれる剣術の一つで、刀が抜かれた次の瞬間には眼前の標的の全てが朱に染まり、地に伏していた。宙空に舞った血煙が、半テンポ遅れてばしゃり、と音を立て地に落ちた時、俺の背筋がぞくりと震えた。

  これが『英雄』か。

  これがターイナ社の『英雄』なのか。
この血濡れの海を一瞬にして作り上げる力を持つ者が、『英雄』というものなのか。
俺はこの時、『英雄』であるクオンには恐怖せず、『英雄クオン』を望むターイナ社に、そして人々に、世界に、恐怖した。
巨大すぎる力を有し、人が望むままに命令されるがままに『任務』を遂行しなくてはならないクオンを、俺は悲しいと思った。
 そこにクオンの意志はない。
 そして人々は、世界は、クオンに意志を望まないのだろう。
 この状況を、気にも留めない日常の一つとしているクオンが、ただ哀しい。
 そして、辺りにはクオンが刀を納める澄んだ音が響いた。



 幾度目かの作戦の後、俺は自室へと向かおうとするクオンを捕まえて抗議した。
  ここが廊下だろうが、誰が見ていようが気にはならなかった。
  そんなことよりも重要なことがある。今訴えずにいつ訴えるというんだ。

「おい、アンタ! 少しは俺を信頼しろ! 俺はアンタ程じゃあないが、それでも足手纏いにはならない程度は実力がある、そうだろ?」

  たった今終えてきた作戦の話ではない。
  初めて同行した作戦から、先程終えてきた作戦の全てのことを俺は言っている。
  全ての作戦を、クオンは一人で片をつけたのだ。同行者という名の『監視役』はもちろんその場にいたが、俺を含めてヤツラの誰一人も手を出すことなく作戦は終了してしまった。
  前線に飛び差し、標的を薙ぎ倒し、そして血塗れて帰還するのは、いつもクオンただ一人。
  だから、俺は抗議しているのだ。俺を使え、と。

「しかし、」
「しかしも糞もあるか! 何のための相棒だ!」
「……相棒」
「そう! 俺はアンタの相棒だろ」
「…………。」

  勢いで言ってしまった『相棒』という言葉が、思いのほかクオンには重く響いてしまったのかもしれない、と俺が思い始めたのは、クオンがじっと黙って考え込んでしまったからだ。
  暗く俯いた表情からは、迷っているのか、それとも何かに葛藤しているのかよくわからなかったが、俺のいった言葉を考えてくれているのだろうということはわかった。

「……ならば、……ないと……るか」
「……何、」

  呟かれた言葉が地に落ちたように重苦しく、俺の耳は一回で全ての音を拾えなかった。

「殺されないと、誓えるか」
「アンタに?」
「……そうだ」

  その真剣な目に、俺は射抜かれた。
  ここがどこで、今がいつなのかということの環境全てが、白く濁ってどうでもよくなった。
  クオンは時々、強い目をする。そしてその目に射抜かれて捕らわれると、俺はクオンの強い目しか視界に入らなくなる。
  これをクオンは時々無意識でやるのだ。
  特に、俺に何かを訴えたい時などに。そして俺はその訴えを、退けることができないのだ。

「誓えるか」

  もう一度、クオンが言う。
  言った瞬間、強かった目が、不安に揺れたのを見た。どうしようもなく、何かに縋りつきたいのだと悟ってしまった。

「誓う、誓うよ。俺はアンタの刀の錆にはならない」
「……それなら、いい」

  そう一言いうとクオンは、話が終わったというかのように、さっさと身を翻し立ち去っていく。
  多分、クオンは自分の戦い方がどれだけ一般とかけ離れているのかを知っている。そして、自分と共に戦う人間を巻き込んで殺してしまうことを恐れている。
  だから、『死ぬな』ではなく『殺されるな』なのだろう。つまり、『巻き込まれて殺されるな』ということだ。
  そう理解した時、俺は絶対に強くならなければならないのだと肝に銘じた。