「よーお、旦那ぁ。俺の鍛錬に付き会わねぇ?」
あの日の『誓い』から、俺はいつも以上に鍛錬に励むようになった。
つい昨日などは鍛錬所の管理人に、『そんなにがむしゃらにやっても強くなるものでもない』と言われてしまったが、俺はそんな言葉は徹底的に無視することに決めている。
強く、ならなければならないのだ。
自分のためではなく、クオンの為に。いや、結局は自分の為か。
俺はクオンと共に戦いたいのだから。
そんな俺の心を知ってが知らずか、クオンは偶に俺の鍛錬に付き合ってくれるようになった。
今日はどうだろうか。誘いに乗ってくれるだろうか。
実は、軽口を叩いているつもりでも、内心はいつも緊張している。
「……何が『旦那』だ。だがいいだろう、調度暇をしていたところだ」
「よっし、じゃあ第二訓練室に十分後な」
クオンはそういうと、最近ようやく覚えた笑みを浮かべて同意した。
思わず飛び上がって叫び出しそうになったのを必死で堪えて、俺は上機嫌で返した。もしかしたら声が多少上ずっていたかもしれない。
「わかった、十分後に」
それを見抜かれたかもしれないが、クオンは普段通りの表情と声でそう言って頷いた。
後で考えたら、気付いていたとしても単にどう表情に出していいのか解らなかっただけかもしれないということに気付いた。
それだけ俺は舞い上がっていたのだから、仕方がない。
久々の長期休暇は、実家に帰った。
実を言うと、クオンをこのターイナ社に独り残して実家に帰るのは嫌だったのだが、当のクオンが長期休暇中は行かなければならない場所があるから実家に帰って来い、とご丁寧に命令してくれたので、俺は素直に実家に顔を出してきた。
そして、俺は今、帰還報告の為にクオンの執務室に来ている。
「……なんだ、これは」
俺に手渡された物を、取扱いに困ったように、もしくは胡散臭そうな物を見るように眺めながらクオンはそういった。
今クオンが手にしているブツは、俺が実家に帰った時に土産にと買ってきたものだった。
「え、何って、土産?」
「…………土産だと?」
「そ。実家に帰った時の」
「……これが、土産」
いかぶし気にそう言ったクオンは、妙なものを見る眼つきで俺の取って置きの土産をもう一度胡散臭そうに眺めた。
「……これは、何に使うんだ」
何度も引っ繰り返したり、水平に眺めたりしながら、クオンは自分が受け取った土産の使いどころを悩んでいるようだった。
確かに使い道には困るだろう。
何よりも、使い道がないということに最も困るだろう。
「えー、さあ? とりあえず、土産は役に立たない面白いモンじゃなきゃ駄目だと思って」
俺がクオンの為に買ってきた土産は、俺の故郷では有名な魔よけの仮面だった。
今では貴重な木彫りの仮面は、俺の故郷では立派な民芸品でもある。この世界では、『木材』は貴重だ。神話時代の旧世界では『木材』は山程供給できたというが、この鋼鉄の世界では『木材』を作り出すシステムは高度な技術を要し、俺の故郷とあと数箇所くらいでしか『木材』は作れないのだ。
大きさは両手で持たなければ持てない程大きい壁掛けタイプのものだ。しかしその巨大で重量のある仮面を、クオンは片手で持っている。
……やっぱ、すげぇ。
「…………くだらん」
そう吐き捨てたクオンは、しかし俺が渡した土産を抱えてそのまま部屋を出て行った。
きっとあの変な仮面は、殺風景なクオンの部屋のどこかに場違いながらも飾られるのだろう。
素直じゃない奴。
そして俺は、あの仮面を飾って眺めるのだろうクオンの様子を想像して、思わず噴出した。
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