例えば、穏やかな時を過ごしていると、ふと思い出すことがある。
自分が兵士で、兵士の俺は向かって来る敵を倒すことが仕事なのだと。
そしてその『敵』は自分と同じ生身の人間なのだということを。
剣を振るっている時には忘れてしまう。
返り血で全身を汚している時は尚更忘れる。
自分が守りたいものや、始めはあったはずの正義、それから愛するもののことすら忘れて俺は剣を奮い、敵を切り裂き、そして血で全身を洗うのだ。
そして、全てが終わった後には、忘れていたことすら忘れてしまう。
ある意味、割り切っているのかもしれない。
またある意味、人間としての特性を活かしきっているのかもしれない。
『忘れる』という行為は、人間が生き抜くために勝ち得た特性なのだと、前にクオンが言っていた。
そして、こうも言っていた。
『私には、『忘れる』という行為がよくわからない』
と。
クオンは、意識がある間に起こったことのほとんどを、ちっぽけな脳に記憶してしまっているのだという。
『忘れる』ことがない人間を、俺は心底羨ましいと思う。特に、今ならば。
「人間は、『忘れ』てしまうのではなく、思い出せなくなるだけで、基本的に全てを記憶している。脳はちっぽけではない。偉大だ」
ということは、俺は都合の悪いことは思い出さないようにしているということなのだろうか。
そうだというなら、どれだけいいだろうか。
いや、しかし、結局、結果は変わらないのではないか。
思い出せないだけだとしても、単に忘れてしまっているだけでも、結局は同じだ。
けれども、記憶力がないといわれるよりは、マシかもしれない。
「……何、それはつまり、俺の記憶力が悪いとか記憶力がないんじゃなくて、単に思い出す機能にセーブが掛かってるってことか?」
「……そうだな」
「ふーん、なるほど」
そこまで言葉を返して、ふと思いつく。
ああ、なるほど。
もしかしたら、これはクオンの不器用なりの気遣いというヤツなのだろうか。
そう思った途端、俺の顔の筋肉が勝手に緩みだす。
「うわ、何。慰めてくれてんの?」
「……どうしてそうなるんだ」
目線を目の前から逸らすことなくクオンが答えた。
逸らすことなど、この戦場では死に直結する。
そう、俺たちは今、戦場の真っ只中にある。
知的な会話を交わしつつ、しかし集中力は切らさないで『敵』に向かう。
これは現実逃避なのかもしれない、とふと思う。
会話を楽しみながら、戦場を走る。普通の神経の持ち主から見たら、そんな行為は酷く馬鹿げていることだろう。
それでも俺は、戦場では会話を欠かさない。
『敵』を薙ぎ倒すごとに磨り減る人間らしさを、少しでも留めておけるようにするためだ。
ああ、でも、もしかしたらそんな考え方をする時点で、俺はもう殺戮マシーンになってしまったことになるのかもしれないが。
「えー、違うのかよ。……だってさ、誰だって、上官の顔を忘れて怒られた後だったらそう思うだろ」
「……全く、なぜマカド最高司令官を忘れるんだ」
「だって、実際戦場に出て指揮とって戦ってんのって、アンタじゃん。だから、そんな司令官がいるなんて、すっかり忘れてたんだよ」
「……そうか」
短く返したクオンの顔を見ることは、目の前の敵が許してくれなかったが、微かに聞こえた声は少し、上擦っていた。
そして俺はまた、そんなクオンを知って上機嫌になるのだった。
|