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ディストアレンジ:10
 

 ここのところ、クオンの調子が悪い。
 それは俺がマカド司令官をすっかり忘れていて怒られたあの作戦の後、少し立ってからそれは目立つようになった。
 あの後から、クオンは何も言わずに姿を消すようになり、それからクオンの不調は続いている。といっても、波があるらしく、調子がいい時もあるし不調の時もあるといった具合だ。
 俺はそれを、クオンがまた人間らしさを取り戻したのだと、気楽に捉えていた。
  クオンは相変わらず自分のことを語らなかったし、俺は俺で、いつか話してくれるだろうと踏んでいたからでもある。
  そう思っていても、やはりクオンが何処へ行っているのか気になって仕方がない俺は、覚悟を極めて聞いてみることにした。

「……なぁ、クオン。アンタ、最近何処に行ってんの?」

  ……直球過ぎただろうか。
  言った後でそう思ったが、吐き出した言葉を取り消すことはできない。

「……マカド司令に、……呼ばれている」

  少し不機嫌に言い淀んで、クオンはそう答えた。
  多分、この表情からすると、俺の直球過ぎる言葉に不機嫌になったのではなさそうだ。
  クオンは、嫌なものを思い出したというかのように眉を寄せて苦々しい表情を作った。
  滅多に表情を作らないクオンがそんな表情を晒すというのは、マカド司令のお呼び出しが相当嫌だということだ。

「へー、それで、説教でも食らってんの?」
「お前じゃあるまいし、あるはずがないだろう」
「確かに。……って、ひでぇ!」
「……お前は特別なのだと、言われるんだ」
「へ?」
「私は、それが嫌で堪らない……。昔は、そんなことを思いもしなかったのにな」

  ポツリと呟かれた言葉は、自嘲気味でそれでも重大な意味を含んでいると感じた。
  そして俺はそんな言葉がクオンから出たことに、心底嬉しくなった。

「いいんじゃねぇの、でもまぁ、気楽にスルーすればいいんだよ、そんなの」
「……そうか」
「そう!」
「……成程。お前が人の話を聞いていないということが良く理解できた」
「えー、なんでそうなるんだよ」
「……ふっ、そういうことだろう?」

  そういったクオンの表情といったら、きっとこの先忘れることはないだろうと思った。
  クオンが、綺麗な顔を緩ませて、初めて表情を崩して笑ったのだ。
  きっと俺は、その顔を忘れない。


「失礼します。クラスS、X3、ザイです」
「ああ、来たか。入っていい」
「はっ、失礼します」

  久し振りに緊張しながら丁寧な言葉を態度で、俺はマカド司令の元を訪れた。
  司令は、書類が山積みにされたデスクに座って、一度も顔を上げずにペンを走らせている。
  流石、『エラい人』だ。書類仕事に埋もれているなんて、俺には耐えられない。前線で命をかけて戦っているほうが俺には向いている。
  それはそうと、俺がここに来たのは先程のクオンとの会話の中で、俺がマカド司令に呼ばれていると知らされたからだ。

『そういえば、マカド司令がいつでも良いから一度、会いに来るようにと言っていた』
『え、俺? うーん、俺、何かしたっけ?』
『さあな。……まぁ、嫌なことは軽くスルーすればいいだろう?』
『ははっ、それもそうだな!』

  あの時はそんな風に笑い飛ばしていたが、実際『エラい人』を前にすると、多少その気楽さが縮んでしまうのは、所詮庶民の子というところだろうか。
  それにしても、俺に何の用だろうか。
  確かに、この前の作戦で、この人のことをすっかり忘れていて、『あんた誰』とか聞いてしまったことがあったようななかったような気がするが、そんなことぐらいで呼び出されはしないはずだ。
  ……それとも、無駄にプライドが高い人間だとか?

「……あの、」
「君に、一つ頼みごとと、忠告がある」
「……なんでしょう?」
「クオンを、よろしく頼む。彼が『目覚める』ためには君の存在が必要なのだ」

  別に、頼まれなくても俺はクオンを気にかけている。いちいち指図されたくはないと内心思いながら、『嫌なことは軽くスルー』戦法で、はいはいと受け流す。

「それから、あまり近づきすぎるな。邪魔だ」
「………。」
「もう話は終わった。下がれ」
「……っ、はい」

  俺は思わず出そうになったイラつきを努力で飲み込んだ。
  矛盾した二つの言葉を、どう捉えればよいのか。頼むといいつつ、邪魔だとも言う。
  やはり『エラい人』の考えることは俺には理解できない。
  投げやりに思うことで、俺は俺の中にふつふつと湧いた苛立ちをやり過ごした。
  アイツは『道具』じゃないんだと、この時怒鳴っていれば少しは何かが変わったのだろうか。
  どの道、もう遅い。