「あー、悪い。先に行ってくれないか」
「しかし……」
「いいから。それに、いちいち報告しねぇし」
躊躇う一般兵に、俺は問題ないというように笑顔を作って強い口調でさらに付け足した。
マカド司令に呼び出しを受け、あまりにも身勝手な忠告を言われた後、俺たちは何回か作戦をこなした。
大きなものもあれば小さなものまで、特にいつもと変わらない。
今日もそんないつもと変わらない作戦を無事に終えて(もちろん俺たちの圧勝だ)、本社ビルに帰ってきたところだ。
そして、俺は『作戦の事後処理』の為にいつもクオンの仕事部屋まで、重い荷物を担いで、更に面倒くさい書類の類も抱えてついてくる一般兵に、先に行け、といったところだ。
これはいつも通りではない。
そのためだろうか、一般兵は少し躊躇いがちにこちらを見上げた。
俺は念を押すように『大丈夫だから』と微笑んでやる。
「……わかりました」
ようやく了解してくれた一般兵は、軽い敬礼をしてからいつも作戦終了後に使っているクオンの仕事部屋の一つ(こいつはいくつも仕事部屋を持っている)に向かった。
一般兵が遠ざかるのを見送り、完全に姿も気配もなくなったのを確認してから、俺はクオンの肩を掴んだ。
そして、人気のない廊下の端に、引き摺るようにして連れて行く。
「何、」
「もういない。俺とクオンしかいない。……キツいんだろ、少し休め」
「……すまない」
「いいって、気にすんな」
「……ああ」
そう短く言うと、クオンの身体はぐらりと傾き、俺はそれをいつものように受け止めた。
ここのところ、目に見えてクオンの調子が悪い。
はっきりと解るようになったのは、俺がマカド司令に呼び出しを受けてからだ。
肉体的なものではなく、精神的なもののようだが、クオンは自分のことをあまり話さないから、何があったのかなど想像しようがない。
前に話した時に、自分が特別だといわれることが嫌だと言っていたけれども、それと関係があるのだろうか。
それにしても、この消耗具合はおかしすぎる。
「……なぁ、最近ちゃんと寝てんのか? 顔色悪いぞ」
「あ、ああ……。大丈夫だ、心配するな」
おそらく、睡眠に関することで消耗しているわけではないと思っていても、どう聞いてよいのかわからずに、当たり障りのない聞き方で聞いてみた。
案の定、クオンは微かに笑って誤魔化し、一人で抱え込む。
そういうところがクオンらしいと思いながらも、俺はこの時ばかりは盛大に溜息をついて説教モードに入ることを決意した。
「旦那の『大丈夫だ、心配するな』は当てになんねぇんだよ……。今日はもう寝ろよ」
「こんなに明るい内から、眠れない」
「あーもー、医務室行って薬貰ってきてやるから、強制的にでも寝ろ」
「しかし、」
「しかしもクソもねぇっつーの! とにかく寝なさい!」
「……お前は一旦言い出したら、聞く耳を持たないんだったな」
「そそ。だから、大人しく寝るよーに。残りの書類整理は俺がやっとくからよ」
「ああ、仕方がない。今日はお前に任せて寝るとしようか」」
「よーし、じゃ、とりあえずアンタを部屋に連行ってことでー」
そういって、クオンの自室の方向(仕事部屋とは別方向なのだ)へ踏み出すと、ぐい、とクオンに腕を掴まれた。
その指の力は、縋るように強張り、強い。
何事かと振り返ってクオンを見ると、俯いてその表情は見えなかった。
「……ザイ。」
「ん、何?」
「……お前は、私が、……人……ではなくなっても、……」
「何言ってんだよ。アンタは人間だ。他の誰が認めなくても、俺はアンタを人だと認めてやるし、もう認めてる」
「……そう、か。」
深い溜息を吐き出して、クオンは少し落ち着いたのか俺の腕を掴んでいた指を解いた。
「……すまない、変なことを聞いたな。忘れてくれ」
「まぁ、旦那がそう言うなら、忘れるさ」
そう笑って、俺は止めた歩みを再開させた。
でも多分、それは忘れてはならなかったのかもしれない。
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