「次の任務はユウイも一緒なんだな」
「ああ、今から楽しみだ」
「何がそんなに楽しみなんだ?」
「だって、あの英雄クオンと一緒の作戦なんて、楽しみじゃないか」
「そういえば、ユウイはクオンに憧れてんだっけ?」
「ああ。クオンは人類の中で最も強いんだろ? 憧れるさ」
「……そう、だな」
俺は、ユウイが語るクオン像に、首を横に振りたいのを必死で我慢しなければならなかった。
間近でクオンを見続けてきた俺にとって、『英雄クオン』とは物語の中に出てくるような英雄だと一言で片付けることができなくなっていた。
俺の知る『英雄クオン』は、酷く脆弱で脆い人間だったし、何よりもクオンの周りには血の匂いが消えない。既に染み付いてしまったそれは、服や刀から臭い立つのではなく、返り血を嫌という程浴びて、身体に、髪に、染み込んでしまった臭いだ。
そしてそれを、クオン本人が嫌っているというのも知っている。
どうしようもなく世間と現実とが離れてしまっている『英雄クオン』のイメージに、俺は軽い吐き気さえ感じた。
だが俺はそう思っていても、世間一般にイメージされている英雄像を守るために、敢えて何も言わなかった。
今になってみると、それが正しかったと断言することができない。
「お前、そこの奴」
「え、俺でしょうか……?」
そう問われて、ユウイは半ば胸を躍らせて振り返った。
そこには、あの憧れている『英雄クオン』の姿。
自制して表情が緩まないようにしても、彼の英雄に声を掛けられたというだけであっさりそれも崩れそうになる。
「ザイは?」
「……あの?」
しかし英雄は、無表情で短く要件を言っただけだった。
予想、というよりも期待していた言葉より程遠い英雄の一言に、軽くショックを受けながら、ユウイは首を傾げた。
ザイを探しているのだろうか。
人を寄せ付けない英雄クオンが、ザイを探しているなど、信じられなかった。
ユウイは、自分の想像していた英雄像に、ヒビが入る音を微かに聞いた。
「ザイは、何処に居る」
何も答えないユウイに痺れを切らしたのか、クオンがイラついたように言った。
しまった、怒らせたかもしれない、と思いながら、ユウイは背筋を伸ばして姿勢を正した。
「は、はい。すぐに呼んできます」
「……早く、連れてこい」
「アイ・サー!」
そう、短く命令した英雄の表情は、心なしか青ざめていた。
「旦那、どうしたんだ。急用だって?」
「……ザイ」
「……クオン? どうした、……ん、だよ」
「ザイ、私は、……私は」
「アンタがどうかしたのか」
「……私が私でなくなった時、その時はザイ、お前が私を殺してくれ」
俺が、アンタを殺す? そんなこと、できるはずがない。いくらアンタの頼みでも、アンタを殺すことなんて、俺にはできない。
だって、親友だろ? アンタは俺の相棒なんだぜ?
そのアンタを俺が殺すなんて、できるはずがない。
俺はアンタを支えたいし、守りたいっていうのに。
そう思っていたが、明らかに尋常ではない様子のクオンを前に、俺の唇は勝手に同意の音を紡いでいた。
「……わかった」
「……お前にしか、頼めない。頼んだからな」
「ああ」
だが、その時の俺には、俺がクオンを殺さなければならなくなるシーンを想像することができなかった。
その日から数週間、俺はクオンの姿を見なかった。
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