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ディストアレンジ:15
 

  もう、何度戦場の臭いを嗅いだだろうか。
  初めは、腐敗した血と肉の臭いに嘔吐が止まらなかった。
少し慣れた頃、初めて自分で、自分のこの手で人を殺した。その悪夢に数ヶ月うなされたが、今ではもうその悪夢は見ない。
 そして、今。
 念願かなって俺は『英雄』の部隊に配属された。クラスもSまで昇格したが、クラスSの中でもX1、Sの中では最低ランクだ。
 クラスSになってから、Sの中でもランクによって実力差が激しくあるのだと思い知った。ランクがX1とX2では、クラスDとクラスA程の差があるのだ。
 この容赦のない実力差を思い知る時、必ずといってもいい程、俺はかつて俺の友人だった男を思い出す。その男は俺よりもランクが一つ上のX2だった。
  あの頃の俺は、ただ漠然と早く追いつきたいとしか思っていなかったし、年齢がほんの数個しか違わない男が十代後半で既にX2だったものだから、簡単になれるものだと思い込んでいた。
  今になって思えば、それはただの甘さで、若さだったと恥じることができる。
  あの頃の俺は、どうしようもない馬鹿だったのだ、と。
  あの男のように、早く『英雄』の片腕になりたくて必死だった。
  しかし実際、ランクが昇格し『英雄』の部隊に配属され、間近で『英雄』を見たときに、俺は俺の思いあがりに気付き、そして打ちのめされた。
  圧倒的な力と、他者を一切寄せ付けず、受け付けず、独り戦場を駆け巡る『英雄』の片腕になるなど、恐れ多くて仕方がないと思ったのだ。
 あんなものには近づけない。
 純粋な恐怖と畏怖が、俺を臆病者にさせた。近づくことができない歯がゆさなど、微塵も感じることができず、逆に近寄りたくないという恐れが強い。今でも変わらずそれはある。
 それでも俺は、『英雄』の部隊に配属されたことを誇りに思うし、嬉しいとも思う。

「アイツは、よくあの方と気安く話せたよな……」

  そう呟いて溜息をつくのは、もう癖になりつつある。
  あの黒髪で誰とでもすぐに打ち解けることができた男は、いつも笑顔だった。それ以外の顔を思い出そうとしても、笑顔しか浮かんでこないくらい、アイツには笑顔が似合っていた。
  しかし、アイツはもういない。
  2年前の作戦で、行方不明になったと聞いている。
  それがどんな作戦だったのかは、極秘扱いで知ることはできなかったが、とにかくアイツはもうここにはいないのだ。

「ユウイ! 号令かかったぞ、出番だ」
「了解。……それで、ユノクト軍はどこまで来ているんだ?」
「さぁね、すぐそこじゃねぇの!」
「……相変わらず適当すぎて感動するよ」

  同僚と軽く会話を交わした俺は、傍に突き立てていた配給された使い捨ての剣を引き抜き、前線へと足を向ける。
  ぶらぶらと剣を振り回して肩の調整をしながら、俺はぼんやりと思う。
  きっとこの剣も、最後まで持たないのだろうと。
  使い捨ての配給された剣は、まるで死んでもすぐに補給される兵士と同じだと自虐的なことすら考える。

「……でも、アイツの、……ザイの代わりなんていないのにな……」

  未だ『英雄』の右腕は不在のままだ。2年前からその不在は変わらない。
  そしてこれからも変わらないのではないだろうかと思いながらも、俺は戦場に出るたびにザイの姿を無意識の内に探している。
  無駄なことだと思いながらも足掻いて諦め悪くもがくのは、良くも悪くも人間だからなのだろう。

「……あの方は、……割り切れたのだろうか……」

  あれ程にまで仲が良かったのだ。ショックは相当なものではなかったのだろうかと想像したが、どうしても『英雄』が落ち込んで取り乱す姿を思い描けなかった。
  そして、ザイが行方不明になってから、『英雄』はザイに会う前の『英雄』に戻ってしまったかのように淡々としていたのを思い出す。

「……やめた。今は敵を殲滅することだけ考えよう……」

  前方にちらちらと見え隠れするユノクト軍の兵を視線で捕らえて、俺は溜息と共に邪魔な思考の全てを体外に押しだした。
  それから、一気に敵軍に突っ込んでいく。
  その瞬間だけは、嫌なことも楽しいことすらも何もかも、忘れることができた。