繰り出される一撃を幾度か受け流した時、ヤバイとユウイは自覚した。
……コイツ等はただの一般兵じゃない。
一般兵ではないというのならば、何なのか。ユウイが思いついた答えは、戦場で語り継がれるいくつかの噂の一つである、ユノクト軍の『亡霊』だった。
その『亡霊』達は、ふらりと戦場に現れては常人ではありえない程の身体能力を発揮し、あらゆる生物の命を刈り取るという。故に、彼らに戦場で出会うと生きて帰ることは叶わない。
それだったら、何故そんな噂が広まるんだ、とユウイは心の中で毒づいた。
生き残りがいないのならば、語る人間もいないということだ。
それなのに、そんな噂が立つということは、生き残りがいるか『亡霊』が生身の人間かという二つに一つの答えしか出しえない。
……生きている人間なら、殺せる。
その為の術くらいは身についている、とユウイは自分自身を昂ぶらせた。
この『亡霊』達が生身の人間だとしても、生き残れるかどうかは分からないのだ。『亡霊』出会うと生きて帰れない、という噂が立つのだから、戦闘能力は相当高いのだろうと判断しても過剰評価ではない。
「……くっそ、単独行動なんて取るんじゃなかった……!」
そんなことを悔やんだとしても、もう遅いということは分かっている。頭で理解していても、心が納得していないのだ。
敵軍を見つけて意気揚々と突っ込んだまでは良かったが、恐らくそれは罠だったのだろう。
ユウイは知らず知らずの間に、独り瓦礫が広がる廃墟に導かれるように迷い込んだのだった。
こちらは単独行動のお陰でたった一人きり。向こうは隊を組んでの行動だろうから、どう考えても人数が多い。ユウイは既に2人程『亡霊』を地に沈めていたが、まだ周りには『亡霊』が数人残っていた。
数を数えようにも皆同じような服装に同じような体格で、同じような武器を持ち、同じような攻撃を仕掛けてくる為に、見分けがつかない。加えて、瓦礫の山に誘い込まれてしまうという失態を犯したために、地の利はユウイには無いに等しい。
「……くっ、……」
そして幾度目かの攻撃を弾き返した時、空がいきなり陰った。
何事かと空を仰ぐと、そこには黒い影。
「……上っ!?」
ユウイは慌ててぼろぼろに刃こぼれした剣を頭上に掲げて衝撃に耐える。
一瞬の無音の後、金属同士がぶつかり合う耳障りの悪い音が当たりに響いた。
次に、視界に入ってくるのは黒いユノクト軍の軍服に身を包んだ男だった。
その男が纏う雰囲気は、まさに『亡霊』を思わせる活力の無い気配だった。
黒い軍服に身を包み口元は布で覆われていたが、隙間から覗く眼とユウイの視線がぶつかった。
「……っ、ザ、イ?」
隙間から覗いたその双眸に、ユウイは思わず声を漏らしていた。
……間違いない、この男はザイだ。
しかしその眼は、絶望も希望も無く、憎しみも悲しみもない変わりに喜びの色も無かった。それはユウイの知るザイの眼ではなかったが、確かにザイだと直感した。
静寂の帳に覆われた眼からは決意の光がちらちらと見え隠れしていたが、それすらも覆い隠そうとするかのように前髪を伸ばしているようだった。
この2年という年月の間に伸びた髪は散髪されることなく伸ばされていて、首の後ろで適当に結ばれている。擦れ違っただけでは、解らなかったかもしれないとユウイは思うくらい、ザイの印象は2年前と変わっている。
昔はどんな服でもだらしなく着ていたというのに、今のザイは堅苦しい軍服をきっちりと首元まで締めて着ているのに驚いた。
そして何よりもその表情。
くるくると百面相のように変化していた表情が、こうして旧知の仲の自分と剣を打ち合わせているというのにピクリとも動かない。
ただ、振るうごとに気迫と共に吐き出される呼吸の音だけに変化があるだけだ。
……ダメだ、勝てない……。
ザイが生きていたということだけでなく、敵軍の『亡霊』と噂される部隊に所属し、そして自分に向けて躊躇い無く剣を振るうザイに対して、自分は動揺してばかりだ。
もう既に、防戦一方になってしまっている。このまま長引くと、もしかしたら危ないかもしれない。
ユウイが踏み出そうと決心した調度その時、辺りに甲高い笛のような音が聞こえた。それと同時に、ザイが無表情のまま後ろに退いた。
ユウイが唖然としている端で、ザイを含めた『亡霊』達はユウイにはもう興味がないといったように方々へ散っていく。
「……なん、だ? 退いたのか?」
肩で息をしながらユウイは手の甲で額に滲む汗を拭った。手を降ろした頃には、『亡霊』の姿の端も見えない。どうやら完全に退いてくれたらしい。
ユウイはザイが消え去った方角をじっと見つめ、そして、そのまま瓦礫の山に腰を下ろした。
わけのわからない状況を整理するのはもう少し後にして、今はただ息を整えようと思った。
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