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ヴィエメンテ:02
   今から3年前。ヴァルターはこの世で最も愛しい人と離れ離れになってしまった。
 あの過去を思い出す度に、ヴァルターの心がじくじくと痛み血を流す。
 最愛の人ディアは、ヴァルターと昼夜問わず常に共にいるような、一心同体も同然の恋人であった。
 彼らは、彼らが持つ異能の力ゆえに、社会の影にひっそりと身を潜めて生きてきた。
 行く先々でなるべく目立たないように行動し、できるだけ長期滞在せずに各地を点々とするといった生活をしていた彼らだったが、そんな彼らを受け入れる組織があった。
 その組織は、明るい表の社会を生きる人間には知らされることのない、とある使命を持ち活動していた。
 それはすなわち、人間の敵を殲滅するという途方もない使命である。
 この組織は、とある資産家によって組織された民間組織でありつつも、各国の要人とも繋がりを持ち、世界各地に赴いては人類の敵――『魔の一族』と戦っていた。
 そして組織の構成員の殆どは、普通の人間よりも突出した才能を持つ者や、それ以上の能力、力、身体能力を持つ異能の人間で構成されていた。
 初めは自分達が持つ力を、無闇矢鱈に振るうことを躊躇っていた彼らだったが、異能の力を持つということを隠すことなく居ることができるという環境に次第に慣れていった。
 そして組織に入って数年後には、彼らは組織の中でも重要な位置に就くようになっていた。

  そして、今から3年前のあの日。

  この作戦――組織では『狩り』という――の時、ヴァルターとディアはいつものように念密な計画を立て、準備やバックアップもできるだけ完全なものとしてから共に『舞台』へと上がっていった。
 組織の人間は皆、殺伐とした戦場を好んで『舞台』と呼んでいた。それはもしかしたら、単純な現実逃避だったのかもしれなかったが、少なくとも『舞台』へ上がるのだという気持ちで赴くのと、これから戦場へ行くのだと思うのとでは、その生還率が前者の方が高かったのだから結果的には悪いことではないのだろう。

『……この塔が今度の『舞台』か……』
『なんだか、雰囲気あるよね』

  そんな会話を交わしながら彼らは『舞台』へと上がったのだ。
 その塔は、岩を切り出しブロック状にしてから積み上げて建てられたシンプルな塔で、ごてごてとした壁ではあったが、装飾はすっきりとしていた。木製の朽ちかけた扉を押し開けて中へ入ると、そこに天井はなく天まで吹き抜けていた。
 見上げると丸く切り取られた空が、どんよりと曇っているのが見えた。

『どういう構造なんだ、ここは……』
『……ねぇ、ヴァル! 地下に続く隠し扉があったよ!』
『成程、『魔の一族』は天を好まない、ってか。それとも単なる偏屈野郎か……』
『まぁ、どちらでもいいんじゃない?』
『それもそうだな』

  そして二人は、ディアが見つけた隠し扉を潜り地下へと続く階段を下った。
  石で作られた階段には、所々に蝋燭の火が灯り自前の明かりを用意する手間が省けた。
 できるだけ足音を立てないように慎重に歩を進めながら、彼らは常に『力』が振るえるように集中力を高めていった。
 階段を下りきったところには、入口にあった朽ちかけた扉とは正反対の鉄でできた豪奢で厚みがありそうな扉が待ち構えていた。
 これはどう頑張っても不意打ちを狙うことはできない。下手をすればこちらの身も危ない。重い扉を押し開けている途中で、ずどんとやられてしまったら元も子もない。

『……どうしようか、ヴァル。この扉……』
『そうだな……っ、!?』

  耳障りな音に何事かとヴァルターが鉄扉の方を見やると、その扉が内側からゆっくりと開きだしたところだった。
 罠の可能性が限りなく高いのは承知の上だが、これは、つまり『入れ』ということだろうか。
 ヴァルターが入るか入るまいかで躊躇っていると、そこにディアがゆっくりと首を振りながら言った。

『どの道、罠であろうとなかろうと、入らなければ始まらないよ』
『確かに、躊躇っていては始まらないな』
『とりあえず、僕が先に入るよ。じゃあ、何時も通りの手筈で』
『わかった。……気をつけろよ』

  ヴァルターはそう言ってディアの後姿に祈った。今回もいつものように無事に帰れるようにと。
  今回の標的は今まで葬ってきた『魔の一族』達とは格段上の上級魔族だという。これまでの任務では、人間に害を成した魔族を中心に『狩り』を行ってきた。
 しかし今回の任務は、今までとは少し異なる。
 それは、今回の標的――確か名前はユノスという――がこれまで一度も人間に仇を成したことが確認されていないという点だった。
 この事実に、ディアは初めこの標的を『狩る』ことに反対した。
 だが、この標的がいる場所がまずかった。組織に資金を提供している国の中でも、上から数えて5番以内にはいる支援国に標的がいたのだ。
 そしてこの標的の戦闘能力分析を行ったところ、一つの街をクレータ化させることができる程の力を持つものだということが判明した。
 その為、この支援国の強い要望により今回の『狩り』が決行されることになった。不穏で未知の異分子は早めに摘んでしまおうということだろう。
 ディアは最後までこれを渋っていたが、決定事項に逆らうつもりはないらしい。
 そして組織は幾度かの襲撃をかけては逃げられるということを繰り返したが、ついにこの塔に追い込んだというわけだ。もちろん二人もこの襲撃に何回か参加している。
  しかし何故あんなに今回の『狩り』に反対したのだろうかと思って、ヴァルターはディアの背中をもう一度見つめた。しかし、どんなに思って考えても、ディアの考えを知ることはできない。

『……まぁ、いいか。俺も俺の役割を果たさないとな……』

  そうヴァルターは呟くと、名残惜しそうにもう一度ディアの背を見つめてから、踵を返し扉から離れた。